2013年2月12日火曜日

メモ アルゼンチン

2013年2月12日 火曜日

明日、アルゼンチン大使館で行われるラテンアメリカ軽食会に参加する予備知識として。

アルゼンチンの国旗

アルゼンチンの国章


アルゼンチン

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 日本語の表記はアルゼンチン共和国。通称アルゼンチン。他にアルゼンティンとも表記され、漢字で亜尓然丁、亜爾然丁、阿根廷のように表記される。近年では、原語にしたがってアルヘンティーナと表記されることも少なくない。

歴史


アルゼンチンの最初の住民は、紀元前11,000年にベーリング海峡を渡ってアジアからやって来た人々だった。彼らは現在パタゴニアに残る「手の洞窟」を描いた人々であった。


その後15世紀後半に現ペルーのクスコを中心に発展したケチュア人の国家、タワンティンスーユ(インカ帝国)の皇帝トゥパック・インカ・ユパンキとワイナ・カパックの征服によって、北西部のアンデス山脈地域はタワンティンスーユに編入された。


 16世紀に入ると、1516年にスペインの探検家、フアン・ディアス・デ・ソリスが最初のヨーロッパ人としてこの地を訪れたが、すぐに先住民と諍いを起こし、まもなく殺害された。

 その後もスペインによってこの地域の植民地化は進められた。

1536年にラ・プラタ川の上流にあると思われた「銀の山」を攻めるために、バスク人貴族のペドロ・デ・メンドーサ率いる植民団によって、ラ・プラタ川の河口にヌエストラ・セニョーラ・サンタ・マリア・デル・ブエン・アイレ市が建設されたが、まもなくインディヘナの激しい攻撃に遭って放棄され、以後200年ほどラ・プラタ地域の中心は、1559年にアウディエンシアの設置されたパラグアイのアスンシオンとなった。

植民地政策の伸展に伴ってペルー副王領の一部に組み込まれたこの地は、ペルー方面からアンデス地域を軸に開拓が進み、1553年には現存するアルゼンチン最古の都市サンティアゴ・デル・エステロが建設された。

1541年に放された12頭のがパンパの牧草を食べて自然に大繁殖したこととも併せ、いつしかガウチョが現れるようになっていった。こうして繁殖した牛は19世紀の始めにはラ・プラタ地域全体で2000万頭ほどいたといわれている(ちなみにこの頃の人口はアルゼンチン・ウルグアイ・パラグアイを併せても100万人を越えないほどだった)。

1613年には内陸のコルドバにコルドバ大学が建設され、以降19世紀までコルドバは南米南部の学問の中心となった。

18世紀にはグアラニー戦争等に代表されるように、ブラジル方面から攻撃を続けるポルトガルとの小競り合いが続き、スペイン当局がバンダ・オリエンタル(現在のウルグアイ)を防衛するためもあって、1776年にペルー副王領からリオ・デ・ラ・プラタ副王領が分離されると、ブエノスアイレスは副王領の首府となって正式に開港され、イギリスをはじめとするヨーロッパ諸国との密貿易により空前の繁栄を遂げた。



シモン・ボリーバルと並ぶラテンアメリカの解放者 ホセ・デ・サン・マルティン。





五月革命の実行者の一人となったブエノスアイレスの代表者 マヌエル・ベルグラーノ。アルゼンチンの国旗の制定者でもある。

※ちょっと細かすぎてわかりにくい。

概略が知りたい。人に話せるようにしなければ、話題にならない。


戦前はイギリスに周辺国化され、半ば属国のような感がありながらも、経済力を背景にスペイン語圏を代表する国家として旧宗主国スペインを凌ぐ勢いで権勢を誇り、北米において似たような立場にあったアメリカ合衆国をライバル視し、同国がモンロー主義の下で中南米を勢力圏に入れようとするのに対し、常に独自外交の元でアメリカ合衆国とは距離を置き、他のラテンアメリカ諸国とは一線を画していた。


2001年のデフォールト以来、アルゼンチンは諸外国に大きく不信感を持たれ、1982年のマルビーナス戦争以来の国際的な孤立に陥ったが、現在は債務の返済などを軸に国際社会への復帰が進められている。


IMFの統計によると、2009年のGDPは約3100億ドル(約27兆円)であり[6]、日本の6%、神奈川県よりやや小さい経済規模である[7]。アルゼンチンはメルコスール、南米共同体の加盟国である。

主要輸出品目は小麦、トウモロコシ、牛肉、ワインなどの農産物に加え、パタゴニアの石油と、近年は天然ガスも有望視されている。


2回にわたる世界大戦に直接関与せず、

各国への農産品畜産品の輸出により利益を得た20世紀半ばまでは世界有数の富裕国であった。

 第二次世界大戦後、ペロン政権は国民主義的な政策により、保護政策による工業化偏重政策をとるが産業構造の転換に成功せず、次第に経済が低迷。

ペロン政権以降顕著になった福祉のための放漫財政や、
ペロンの残した労働組合 (CGT) の強さにより、投資のしづらい国となり、
1960年代以降に頻発する政変、クーデター、
1982年のマルビーナス(フォークランド)戦争とその敗北、
民政移管後も混迷する経済状況に安易なポプリスモで対処したために
1988年のハイパーインフレーションを招き、
この間の混迷による富裕層の没落、
中産階級の海外脱出が続くなど経済は混迷の度を深めた。




フアン・ペロン。彼は生涯に三回大統領を務めた(1946年-1952年、1952年-1955年と1973年-1974年)。

主要都市


ブエノスアイレス Buenos Aires (1180.2万人 1995年)
コルドバ Córdoba (約130万)
ロサリオ Rosario (約116万)
ラブラタ La Plata (約54万)
サン・ミゲル・デ・トゥクマン San Miguel de Tucumán (都心人口約47万)
メンドーサ Mendoza (都心人口約12万)


国民

 アルゼンチンの国民はヨーロッパ系が85%、メスティーソおよびインディヘナなどが15%である。もっともヨーロッパ系アルゼンチン人の占める比率は89.7%[15]から97%[16]と資料によって大きな差があり、近年の研究では実はアルゼンチン国民の56%に先住民の血が流れていることが明らかになっており[17]、自らを白人だと認識しているアルゼンチン人の過半数に、実は先住民の血が流れていることになる。

 ヨーロッパ系アルゼンチン人にはイタリア系、スペイン系の住民が多い。このイタリア系統の荒い言葉遣いが現在のアルゼンチン人全体の性格に受け継がれているため、アルゼンチンのスペイン語にはイタリア語のナポリ方言の影響が強く見られる。

 主なマイノリティとしてパラグアイ、ボリビア、ペルーなどから出稼ぎにきた移民がいる他、メスティーソ、ユダヤ人、アフリカ系アルゼンチン人、アジア系アルゼンチン人がおり、先住民としてアンデスにケチュア人とアイマラ人、パタゴニアにマプーチェ人やテウエルチェ人などがいる。


料理


 日本ではほとんど知られていないが、大畜産国として発展の基礎を築いただけあって、肉料理などを中心に充実した食文化の歴史がある。

その一例として、多くのイタリア移民が持ち込んだパスタ類や、ドゥルセ・デ・レチェなどの菓子類等もバラエティに富んでいる。

ブエノスアイレス、地方を問わずエンパナーダも広く食べられている。

魚は、大きなスーパーや中国人街以外では、メルルーサ(鱈)か鮭くらいしか売っていないが、イグアスの滝に近い北部の亜熱帯地方ではスルビ(鯰の一種)、クージョのアンデス山脈付近ではトゥルーチャ(鱒)など、川魚を食べる地方もある。


アルゼンチンの主菜である肉料理は実に多彩であり、特にアサードビフェ・デ・チョリソ(サーロインステーキ)、チョリソや臓物も含んだ焼肉の盛り合わせであるパリージャ(Parrilla)が有名である。

アルゼンチンは世界有数のワイン生産国である一方、ほとんどを国内消費するため海外にはあまり知られていない。

肉料理が多いことから、赤ワインが特に多く、品質も優れている。アルゼンチンのワインの六割がメンドーサで生産され、残りのほとんどがカファヤテ(Kafajatė)で生産される。ヨーロッパではほとんどブレンドにしか用いないマルベック(Malbec)という品種は、アルゼンチンでもっとも味が良いとされている。近隣諸国と同様にグアラニー人由来のマテ茶を飲む習慣もある。アルゼンチンでは砂糖を入れて飲むことが多い。





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栗本斉さんのレビュー facebook 

中南米旅行中にアルゼンチンに魅せられブエノスアイレスの本まで作ってしまったガイドが、この国の魅力を最大限にお伝えします!



アルゼンチン料理の主役! 牛肉料理


まずは、アルゼンチン料理の代表格と言える、豪快な肉料理から。牛肉消費量世界一を誇るからには、ブエノスアイレス市内はもちろん、全国各地に「パリージャ」と呼ばれる肉料理の専門店がたくさんあります。専門店があるのですから、牛肉メニューだってもちろん豊富。ここでは定番メニューからご紹介していきます。

■アサード
パリージャで何を頼めばいいのか迷ったら……、初めてだったら、アサードといわれるステーキを注文してみましょう。まずは肉の種類を選びます。ビフェ・デ・チョリソ(サーロイン)、ロモ(フィレ)、コスティージャ(リブ)などが代表的なもの。粗塩だけを振りかけて炭焼きされているので、肉本来の旨味がしっかりとした歯ごたえで味わえます。この味にはまると、日本の霜降り肉なんて物足りません。

■パリジャーダ
人数が多いときは、パリジャーダを頼んでみるのもいいでしょう。パリジャーダは、通常のステーキだけでなく、チョリソ(ソーセージ)や、リニョン(腎臓)、チンチュリン(小腸)など臓物も含めたお得な盛り合わせ。どこの店でも大量に出てくるので、最初は誰もが驚きます。どれも美味しいのですが、おすすめはモルシージャという血入りのソーセージ。真っ黒な見た目と脂っこく濃厚な味わいは好き嫌いもあると思いますが、これもはまると結構クセになる逸品です。






■ミラネサ
ミラネサも肉料理の定番のひとつ。これは、牛肉を叩いて薄くし、衣を付けて揚げたカツレツのようなもの。そのままでも十分塩味が効いていて美味しいのですが、トマトソースやチーズをのせたミラネサ・ア・ラ・ナポリターナが絶品! また、ミラネサをサンドイッチにしたサンドイッチ・デ・ミラネサなんていうのもよく見かけます。




アルゼンチンの軽食


美味しいからといって、牛肉料理ばかりだとさすがに胃も疲れます。そんな時は、軽食をつまんでみるのもいいでしょう。

■エンパナーダ
軽食の中でもっともポピュラーなのが、エンパナーダ。半月型の衣に包まれたミートパイのようなもので、カルネ(牛挽肉)、ポジョ(鶏肉)、ハモン・イ・ケソ(ハム&チーズ)などが一般的。専門店に行けば、ウミータ(トウモロコシ&クリームソース)や、チャンピニョン(マッシュルーム)など数多くの種類を取りそろえています。オーブンで焼くアル・オルノと、揚げるフリータの2種類の調理法があり、店によって違います。本格的なレストランでは、オードブル代わりに出てくることもありますよ。

■サンドイッチ
サンドイッチも、ポピュラーな軽食のひとつ。前述のチョリパンやミラパン以外だと、ハムとチーズなどを耳無しの薄切りパンにはさんだサンドイッチを、ミガと呼びます。そのミガをホットサンドにしたトスタードもシンプルな味わい。ホットドッグはパンチョといって、公園などではよく屋台が出ているので試してみては。

■ピザ
アルゼンチンは、イタリア系住民も多いので美味しいピザ屋もたくさんあります。イタリア料理店だけでなく、カフェなどでもピザは定番メニューなので、チーズやオリーブがたっぷりのった焼きたてのピザを食べてみましょう。


アルゼンチン郷土料理



アルゼンチンには牛肉料理以外にも、美味しいものはたくさんあります。専門店や地方に行く機会があれば、郷土料理を試してみましょう。

■ロクロ
アルゼンチンの代表的な郷土料理として、最も愛されているのがロクロでしょう。トウモロコシをベースに、豆、臓物系の肉、タマネギやカボチャなどの野菜をじっくりと煮込んだシチューのようなもの。主にアルゼンチン北部のサルタやフフイなどで食べることができますが、ブエノスアイレスなど他の地区でも郷土料理店のメニューの定番となっています。少し寒い日には、熱々のロクロほど美味しいものはないでしょう。

■プチェーロ
熱々といえば、プチェーロも外せません。骨付きの肉を、ジャガイモやニンジンなどの野菜と一緒に煮込んだ料理。おでんのような感覚で、日本人の味覚にも合う一品です。

■ラム肉料理
パタゴニア地方へ行くと、ラム肉料理もよく食べられます。特に南部のサンタ・クルス州やフエゴ島で育てられた羊は、最高級品として海外にも輸出されています。臭みが少なく柔らかい肉は、アサードでいただきましょう。



アルゼンチンのスイーツ ドゥルセ・デ・レチェ





アルゼンチンで甘いものといえば、ドゥルセ・デ・レチェの味を思い浮かべる人が多いはず。これは、ミルクを長時間コトコトと煮てジャム状にしたもの。瓶詰めで売られているので、ピーナツバターのような感覚でパンに塗ったりして食べます。

このドゥルセ・デ・レチェを使ったスイーツもたくさんあります。その代表が、アルファホール。玉子クッキーの間にはさんだクッキーサンドという感じ。カフェやパン屋では普通においてあります。また、駄菓子感覚のアルファホールも人気。こちらはチョコパイの間にドゥルセ・デ・レチェがたっぷり入っていて、ものすごく甘いのですが、一度食べたら病みつきになるおいしさです。

一般的なケーキやチョコレートなどのスイーツもたくさんありますが、まずはドゥルセ・デ・レチェの甘さを楽しんでください。



アルゼンチン・ワインとビール



■ビノ・アルヘンティーノ(アルゼンチン・ワイン)
アルゼンチンの牛肉と並ぶ名産品がワインです。日本では、隣国チリのワインも有名ですが、生産量に関しては世界第5位とアルゼンチンの方が断然上。特に、メンドーサ州で作られるワインは最高の味と品質を備えています。トラピチェなど有名ブランドのほとんどは、メンドーサ周辺で作られていますが、サルタ州やラ・リオハ州、そしてパタゴニアに至るまで、他の地域でも盛んに生産されています。値段はピンキリですが、スーパーマーケットで買える数百円のワインでも十分に楽しめますよ。

■セルベサ(ビール)
アルコール飲料は、ワインだけでなくビールもよく飲まれています。キルメスというブランドが最もポピュラーで、ブルーのラベルがポイント。ブラジルのブランド、ブラーマもよく飲まれています。カフェでピールを注文したら、ピカーダというおつまみセットも頼んでみましょう。チーズやチョリソー(ソーセージ)などの盛り合わせ。仕事が終わって遅めの夕食をとる前に、ピカーダをつまみながらおしゃべりするというのが、アルゼンチン流のスタイルです。



アルゼンチンのカフェ文化

 アルゼンチン(特にブエノスアイレス)は、カフェが充実しているので、当然コーヒーも非常に美味しい! 普通のエスプレッソは、カフェ・ソロ、少しミルクの入ったものがカフェ・コルタード、カフェオレはカフェ・コン・レチェと呼ばれます。ミルクたっぷりのカフェ・コン・レチェとメディアルナ(クロワッサン)は、朝食の定番なので試してみてください。



アルゼンチンの国民的飲料 マテ茶

ひょうたんのマテ容器と金属製ストローのボンビージャで、マテ茶を楽しむ


 レストランなどではなかなか見ることはできませんが、アルゼンチンでもっともよく飲まれている飲料はマテ茶でしょう。パラグアイあたりが原産のお茶で、ミネラルやビタミンが豊富なため、「飲む野菜」なんていわれることもあるほど。非常に苦いので最初はなかなか飲めないかもしれませんが、慣れてくるとクセになる人も。また、砂糖を入れたり、ミルクで煮出したりすることがあったり、フレイバー付のマテ茶もあります。

通常は、ひょうたんなどで作ったマテ容器に茶葉とお湯を入れ、ボンビージャという金属製のストローで吸って飲みます。また、数人集まれば、ひとつのカップで廻し飲みをするのが一般的。アルゼンチン人と仲良くなるには、マテ茶を一緒に飲むのがもっとも有効かもしれないですね。



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